ナラティヴ・カフェ Narrative Cafe

Diabetes Cafe:糖尿病診療におけるナラティヴ・アプローチ

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臨床看護におけるナラティヴ・アプローチの意義

2月 11th, 2016 · No Comments · ナラティヴ・アプローチ(病いの語り、意味)

『N:ナラティヴとケア』No7の中で松月みどりさん(愛知医科大学看護学部)が書かれた論文の中に、臨床看護の課題を見て取ることができます。そして、そこからそれを克服する手段の1つとしてのナラティヴ・アプローチ(以後、NAと省略)の意義が見えてきます。そこで、少し長文となってしまいましたが、その内容を抜粋して、ご紹介したいと思います。

松月さんが考えるNAのキーワード

1.ナラティヴの視点での実践は、患者のナラティヴをデータとして扱うのではなく、患者と聴き手との相互作用のプロセスをデータとして扱う。
2.聞くことによる創造
3.臨床実践の関係性の中で気づかされることは、クライアントの変化だけでなく、対人援助者セラピスト自身も変化している。「共に変わる」ことが共同構成と重なり合っている。
4.無知の姿勢

臨床看護の課題

以下に文中から抜粋してみました。
1.看護師の役割の理想的な姿を目標にし、肩に力を入れて「看護師は○○であらねば!」と役割の責任感で押しつぶされそうになっていた。

2.臨床看護の現場は、感情労働であり、論理的思考による看護判断で看護ケアを行っている。論理性が明確にならなかった情報や自分に生じた物語は、思考の隅に押しやって、塩漬けにしておくことが多い。

3.ケアの提供者なのだから、「病んでいる患者・家族に、それなりの答えを与える人でなければならない」という思い込みがある。

4.患者とは対等の立場でなければならないと主張しながら、看護師自身の自己は、患者の前では開示しないし、看護師の鎧を着て患者さんとやりとりし、患者に対応している。しかし、看護師はこの鎧をつけていることに心が悲鳴をあげることがある。

5.感性で受け取った患者情報や受け手(看護師)とのやりとりで生じた共同作業のナラティヴは看護情報ではないので、その場に置き去りにしたままになっていた。感性で受け止めた方法は患者さんの部屋を出るときには、決まったルールで処理されて、看護記録に記載しなければならない情報のみを拾い集めるのである。

ナラティヴ・アプローチの意義

以下に本文から抜粋します。
「あなたのやりたい看護ってがしたいの?」と師長が質問すると、「患者のそばにいて、ゆっくり会話をしたり、身の回りの世話をして、清拭なども丁寧にしたい」と応えていた。その意味は患者とのやり取りの物語(ナラティヴ)の活動をもっと深めたいと感じていたのかと、心の叫びのように叫んでいたのか!!患者との貴重なやり取りのナラティヴが看護本来の姿じゃぁないかと・・・気づかされた。

1..自己の人間としての良さを見失いかけていた看護師が、(NAと出会うことによって)少しずつ自身を取り戻しながら活き活きと看護活動をしている姿は、臨床看護におけるNAの力だと感じた。

2.NAとは(看護師という)鎧を脱いで、素のままの人間として、わたしが感じたものを、物語ることを勧めている。そこに看護師はホッとして、安心して、自分が受け止めたありのままを語り始めるのである。

3.受け止めたままを語って良いのだと思えることは、看護師としての前に人間としての感性で、受け止めたものを看護師というフィルターを介さず、語ることで新たに気づかされることで、モヤモヤとしていたものが整理されて、スッキリし、次の一歩を踏み出す活力が出てくるのである。

僕自身が毎日実践しているNAですが、このような記述を読むと、看護領域にももっともっと広がって欲しいものだと思わずにはいられません。
冒頭にKey wordの中にあった「共に変わる」という言葉が印象的であったので、スライドにもその言葉を加えてみました。

画像はクリックで拡大します。
表3:療養指導における2つのアプローチ.001

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