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当事者知によって社会を変革していきましょう!

4月 21st, 2012 · 3 Comments · 医療人類学(病い体験、illness)

表題のタイトルで、今朝感じたことをtwitterに投稿した文章に少し加筆して、ご紹介します。

今日はさきほどまでIDDM体験記の編集委員をされているkappyさんにお目にかかりました。「当事者知」をテーマに企画されている由。素晴らしいものにしたいですね。IDDMの皆さんは日本の社会や医療を変革していくためにも、ぜひ当事者知を発信していって欲しいと思います。

医療者がIDDMの心理について書くとき、どうしても「問題」として扱いがちです。すると、それは是正されなければならないものという文脈となります。しかし、これは是正されるべき「問題」なのではなく、IDDM者が体験している「現実」なのです。そう認識して欲しいと思います。

糖尿病医療をより良いものにしていくためには医学の進歩だけでは不十分で、患者さんの生きる世界を医療専門職に正しく認識してもらう必要があります。生物医学と患者の生きる現実(illness)が対等に扱われる社会の実現が目標です。だから摂食障害もインスリン・オミッションも問題行動として捉えて欲しくない

医療専門職からの問題行動という文脈に支配されて、患者さんたちはついつい自己反省ばかりしてしまう人たちが多いと思う。でも、それは違うと思う。

自分が直面している課題はみんなが直面している課題。この現実をきちんと医療専門職に伝えなければ・・・と思って欲しい。是正されるべき問題」という認識を、IDDM者が抱える「理解されるべき課題」という文脈に変革していくこと。それが「当事者知」を伝える意味だと思う。執筆者にはそう伝えて欲しいとお願いしました。

当事者知によって、社会を変革していきましょう!今朝、次のようなツイートをいただきました。

「当事者知」の含まれない日本のインスリン治療の教科書は無味乾燥で役に立ちません.IDDMのCDEやジャーナリストが書いたポンプの教科書がADAなどから出版される米国とは大違い.「患者による患者のためのインスリン治療マニュアル」の出現が待たれます.

当事者である患者の書いたテキストが流通する社会になるためには、まず当事者知の価値を社会に示していく不断の努力が必要ではないでしょうか?

kappyさんと話しながら気づいたこと。昔の僕は患者の気持ちよりも医学的要求を優先してしまう自分と闘っていました。しかし医療人類学に足を踏み入れているうちに、患者の文脈(illness)を理解しない生物医学を敵対視してしまう自分と闘っています。どちらもダメ。ニュートラルをめざしたい。

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3 Comments so far ↓

  • Kappy

    医療人類学というのはおもしろい分野ですね。
    医療人類学と生物医学のニュートラルを目指されるとのこと。ちょっと違うかもしれませんが、当事者知を専門知と同じ土俵に載せるために、専門知で通用する手法で当事者知を語りたくなります。たとえば、数値化するなど。でもそれは、何か違うなと感じています。まだまだ手探りです。

  • マスター杉本

    生物医学が重視するdisease(疾病)「一般化」「数値化」によって、その集団を定義し、普遍的な特徴を捉えるアプローチです。個体差や個人の体験は埋没してしまいます。それに対して、医療人類学が重視するillness(病い)というのは、ひとり一人の違いを大切にします。だから数値化はちょっと違うかな?と思います。
    「世界に1つだけの花♪♪」の世界ですかね。
    あっ、でも、自分だけの血糖変動を数値化するっていうのは有りですかね!

  • マスター杉本

    解決されるべき問題という認識を、理解されるべき「課題」という認識へ変革することの意義が皆さんに伝わったでしょうか?
    例えば、摂食障害、登校拒否など、個人の問題と考えていると解決しないんです。個人ではなく、家族というシステムの問題、みんなが困っている共通の問題という認識になると、軽快していったりする。認識の変化は重要なのです。社会の認識を変えるためにIDDMネットワークも病名変更運動をしていますね。
    社会の認識を変えるということは大きな変化をもたらすのですよ。

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